じっぱひとからげ

十把一絡げになんでもかんでもつづる。

第一子の出産に立ち会ったときのことを記録しておく(前編)

朝5時 破水の可能性があり病院に向かう

 2017年12月5日、朝5時ごろだった。トイレから出てきた妻が、
「破水したかもしれない。」
そう言って5mm x 20mm ほどの紙片を見せてそう言った。

 この紙片は、病院からあらかじめ渡されている試験紙のようなもので破水か否かを判断する簡易的なキットらしい。この試験紙に反応した場合は病院に連絡することになっていた。妻が病院に電話をして事情を説明したところ、破水の量と反応から考えて、「高位破水」と呼ばれる、子宮の上の方から破水する事象が発生している可能性があるとのことだった。ただし、破水の量がそれほど多くなかったこともあり、緊急性は高くないとのことで、朝食をとったら病院に向かうように助産師さんから指示があった。
 
 もともと、予定日が12月3日だったこともあり、いつお産が来ても飛び出せるように、病院に向かう準備は整っていた。特にあわてることもなく、私はいつも通り、朝のルーチンワークであるDMM英会話をこなした後、妻と朝食をとってタクシーで病院に向かった。

 病院に着くとすぐに助産師さんによる診察があり、NSTで胎児の心拍と子宮の収縮を確認する。NSTのtoco*1のグラフを見ると確かに5分から6分間隔で子宮の張りが確認できたが、病院に着いた時点では、妻に陣痛と呼ばれるような痛みを感じている様子はなかった。診察の結果、助産師さんからは、試験紙による反応が破水であるとは断定できないが、高位破水の可能性が高いと考え間違いないだろうと説明してくれた。 もともとこの試験紙は酸性かアルカリ性かで破水か否かを判断する、まさにリトマス試験紙のようなもので、破水にはもちろん反応するが血液にも反応してしまうため、本当に破水なのかどうかを確認するには別の試験が必要らしい。 これはあくまでも自宅で破水してしまった人の為の簡易的なキットなのでそこまで正確には見ることができないのだという。

 予定日を過ぎて、今か今かと待っていたこの日がやってきて、病院に着いてからの午前中は私も妻を期待に胸を膨らませながら過ごした。助産師さんから上手くいけば今夜、遅くとも翌朝までにはお産ができるのではないかと伝えられていた。

分娩台で出産する瞬間だけが痛くてつらいという私の勘違い

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 正午を過ぎたあたりから陣痛が始まった。 NST のtocoのグラフは相変わらず5分から6分間隔で山ができているのを確認できた(横軸は3cmで1分)。妻は陣痛の痛さについて重い生理痛がが5〜6分間隔にくる感じと表現していた。このたとえは私にはわからなかったが、 NST のグラフに山ができるたびにうめき声をあげる妻はとても苦しそうだった。なんとか苦しんでいる妻を楽にしてあげたいと思って、看護師さんが陣痛が来るたびに妻の腰を後ろからぎゅっと押している様子を見よう見まねで私もやっていた。これに効果があるのかないのか、妻に聞いてみたい気持ちもあったが、そんな余裕もなさそうだったので何も考えずにとにかく腰を押し続けた。
 ここで私は大きな勘違いをしていることに初めて気がついた。出産といえば、私はドラマでしか見たことがない。ドラマの出産シーンのほとんどは分娩台でいきんでいる妊婦の様子しか表現されないので、破水した、陣痛が来た、と言えば、すぐに分娩台に上がって、いきみはじめて出産するものとばかり思っていた。出産の痛さの例えとして「鼻からスイカが出るほど痛い」というような表現をしている人の話も聞いたことがある。だから、分娩台に上がっていきんだ結果、胎児の頭が出てくる瞬間が痛みのピークであり、この瞬間こそが鼻からスイカが出るほど痛いのだとばかり思っていた。私の中で陣痛はあくまでもお産のタイミングを知らせる合図であり、痛みこそあれ、そこまで苦しいものではないと勘違いしていた。でも、実際には違う。今まさに目の前で陣痛に苦しんでいる妻の様子から、想像を絶する激しい痛みが妻の体を襲っている様子がうかがい知ることができた。これがお産を終えるまで周期的に襲ってくると考えただけで、このあとの出産までの道のりが壮絶であることが容易に想像ができた。

 陣痛はお産のタイミングが近づくとその周期が徐々に短くなってくるので、周期が短くなるまでは陣痛室と呼ばれる部屋でそのタイミングを待つことになる。陣痛の間隔が短くなるまでの時間は、人それぞれで、陣痛室に入ってすぐをお産に入る人もいれば、そうでない人もいる。

強さを増す陣痛、おりてこない赤ちゃん

 17時ごろ、陣痛がさらに強さを増す。妻は、
「死ぬー。死ぬー。」
とうめき声をあげながら言う。痛みを紛らわせるために、冗談交じりでおでこをペチペチと自分で叩いて見せた。もう少し耐えれば、出産さえ終わればこの痛みから解放される。上手くいけば今晩お産を迎える。私も妻もそう思っていた。しかし21時になっても22時になっても、この痛みから解放されることはなかった。
 さらに最悪なことに、陣痛の痛さに加えて吐き気が妻を襲う。 子宮の収縮によって胃が圧迫されることによる吐き気は出産においてよくあることであるらしい。ただ勉強不足だった私はそんなことも知らなかった。陣痛がくるたびに妻は何度も吐いた。想像してみて欲しい、5分から6分おきに激しい痛みと吐き気が襲ってくるこの地獄のような時間を。
 この半日、ずっと痛みと吐き気に襲われながら過ごし、陣痛の間隔は3分〜4分おきになっていた。しかし、助産師さん曰く子宮口は7cmほど開いているが赤ちゃんがまだ出口を見つけられていないので、下までおりてきていないためまだもう少し時間がかかるという。
 昼から始まった陣痛は、夜にはお産が控えていると信じていたからこそ耐えられていたところもある。ところが、一向にお産が始まる気配がないこともあり、数分おきにやってくる痛みと吐き気に妻の心はすっかり折れてしまっていた。

「何時になりそうですか…進んでいますか…」

か細い声で妻はそう助産師さんにたずねた。

「うん…あまり変わってないかな、もう少し。何時とはいえないけど」

こんなにも痛みに耐えているのに、数時間前と状況が変わっていないという事実を聞いた妻の目には今まで堪えてきた涙が一気に溢れ出た。極限状態で痛みに耐えるとき、人はこんな声が出るのかと驚くほどの、今までに一度も聞いたことのない妻の悲鳴にもならないようなうめき声とえずく声が陣痛室に響き渡っていた。

 日をまたぎ、状況は変わってはいないものの、その後の可能性を信じて、陣痛室から分娩室へと移動した。相変わらず陣痛と吐き気は続いている。残念なことに、我々の期待をよそに分娩室に移動してからはむしろ陣痛が若干弱くなっていた。 人の体とは不思議なもので、お母さんも赤ちゃんも出産のための準備として子宮を収縮させ陣痛を引き起こしているが、その体力は有限なので、体力がなくなってくると陣痛も自然と弱まってくるのだと言う。
 日をまたいでから1時間、2時間、3時間と時間は過ぎて行くが一向に赤ちゃんが下におりてくる気配はなかった。子宮口は9cmほど開いているので、あと一息だと助産師さんは説明してくれたが、もうそんな言葉も耳に入らなくなっていた。

「どうしたら…赤ちゃんおりてきますか…」

「こればっかりは、赤ちゃん次第やし…」

助産師さんも回答に困っていた。我々は、陣痛が来た時はゆっくりとふぅーと息を吐く、助産師さんに言われたことはすべて忠実にやってきた。助産師さんの言う通りに体勢を変えてみたり、いろいろ試行錯誤もした。それでも状況は何一つ変わらなかった。私は陣痛が来るたびに腰を押すサポートをしながら、

「もう少し頑張ろうね」

そうずっと励ましてきたが、朝7時に病院についてから、もうすでに深夜3時を迎えている。もう「もう少し」などという言葉をかけることはできなかった。 上手くいけば今夜、遅くとも朝までにはお産ができるだろうという見込みも外れていたし、お産が近づいている兆候はまるでなかったからだ。「もう少し」などと軽々しく言えるような状況ではなかった。

 何も言えなくなった私の目を真っ直ぐに見て、妻は何か口を動かしていた。

「だ…ぶ…って」

何度も何度も吐き続けたせいもあり、まともに声を出すこともできなかった。私が聞き返すと、すでに底をついた力を振り絞って妻はこう言った。

「大丈夫だよ…って…、言って」

私は、ずっと我慢し続けてきた涙が溢れ出して止まらなくなかった。代わってあげられるのであれば代わってあげたい。でも、私にできることは、ただ励ますこと、ただ腰を押すこと、嘔吐する妻の背中をさすってあげること、それだけだった。

「大丈夫だよ。お母さん頑張ってるもんね。大丈夫だよ。」

力ない妻の手を強く握りしめた。病院に到着してからもう24時間が経ち、すっかり朝を迎えていた。
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 少しずつ陣痛は弱くなり NST のtocoのグラフはときどき山が現れる程度になっていた。ときどきおとずれる大きな山に妻はもう一つも動じなくなっていた。悟りの境地とでもいわんばかりに、ただ静かに目を閉じて、声を上げることもなく、その痛みが去るのを待っていた。
 
 我々が昨日の朝、病院にやって来たときに助産師さんから告げられた、上手くいけば今夜、遅くとも朝までにはお産が迎えられるだろうという言葉はとうとう現実にはならなかった。

後編に続く

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*1:子宮が張っていない状態を基準として、子宮の張りの相対的に表す数値